はじめに
注意兼まえがき
本考察には数学的な内容が多く含まれますが,厳密な定義や証明などをフォローしなくとも結果の雰囲気を追えるように,また抽象化はできるだけ避け直感的に解釈できるように記述したつもりです. 数学的な定義や定理を述べたあとに,その直感的な解釈を付け加えています. その数学的な定義中にも直感的な説明を添えることでいたずらに定義を増やさぬようにしておりますが,それゆえ数学を学ばれました方には大変冗長かつ厳密性に欠ける説明に感じられると思います. 本考察はゆめ世界をモデリングしているとも考えられますが,考察でも述べる点など,簡単のため犠牲にしたものもあります. 本考察は数学や数理モデルの文章ではないためどのようなことがあっても気を確かに生きていこうと思っていますが, 本考察で置いている仮定の範囲で勧めた議論の中でお気づきの点がございましたらカイヤン宛にご教示の程よろしくお願いします.
本考察の目的は数学の定理の証明ではありません.本考察は直感的な記述の数学のテキストではありません.本考察の雰囲気を追うにあたって数学的に記述されている箇所をフォローする必要はありません. 本考察のコンセプトは,数学を学ばれなかった方が直感的な説明だけを追っていただき,ゆめにっき読書の秋を楽しんでいただきたいというものです. 更にそこから,抽象的に見える数学の世界が実はゆめにっきに繋がっていることを実感していただいたり,数学への興味を抱いていただければ尚の事光栄でございます. このような目的に基づき書かれていますので,数学を学ばれました方には,厳密性や抽象度の低さ,主結果の弱さを広く暖かいお心をもちましてご容赦いただき,楽しんでいただきたくお願い申し上げます. また,本考察をたたき台にゆめ世界の幾何学的な構造を論じる他の手法を考えていただければ喜ばしい限りでございます.
序文
ロールプレイングゲーム(RPG)ではしばしばその舞台となる世界を実際にプレイヤーキャラクターが移動できるマップ,通称ワールドマップが登場する. それらの多くは長方形状であるが,マップの上下端および左右端が順平行に繋がった形でゲームキャラクターが移動する. RPG ツクール ® や『WOLFRPG エディター』といった, RPG 制作ゲームエンジン(ツール) においても, マップ作成の際に同様のループ構造を実装することが可能であり,『ゆめにっき』を始めとしていくつかのゲームでそのようなマップが実装されている.
そのようなマップが表す世界・空間が地球のように球体・楕円体の惑星の上(球面・楕円体面)であるとしたら, このような挙動はありえないばかりか,球面・楕円体面の長方形の正確な等長地図は作成できないことが知られている [1]. よって上述したようなワールドマップを持つ RPG の世界の形状は球や楕円体ではないと考えられる. 一方,ゲームの世界は計算機の内部というある種理想化された中に用意される世界であり,理想的な(イデア界にある)空間を考える幾何学と親和性は高いと考えられる. この事実について,いままでに様々な考察がなされてきており,筆者は先行研究 [4] で RPG の世界の形状が 4 次元 Euclid空間内の 2 次元平坦トーラスであるという解釈に,数学的な証明を与えた.
一般に,横の長さが a で縦の長さが b の長方形型であり,かつ上下端および左右端が順平行に繋がっているようなマップR が与えられたとき, そのマップの形状を表す曲面の方程式は,4 次元 Euclid 空間 ℝ4(以下単に 4 次元空間と呼称:いわゆる 4 次元空間のことであるので) の 座標 (x, y, z, w) 及び円周率 π を用いて
と与えることができることが知られている [4]. この式は (x, y), (z, w) それぞれが独立しており,かつそれぞれが円の方程式を表していることから, 異なる空間に存在する 2 つの円を意味しており,またそれは 4 次元空間におけるトーラス (ドーナツの表面) を意味する. この実際の形状を T とすると, この 4 次元空間内の曲面は,元の長方形型マップの座標 (u, v) をパラメータとして次のようにパラメータ表示することもできる [4]
しかしゆめにっきの世界はこのようなマップ一つではなく,通常の長方形や上下か左右どちらかの端だけを繋げたマップ(これが円柱となることは簡単に分かる)も複数存在し, それらが扉などを通じて繋がっているという複雑な世界をしており,その形状についての幾何学的な考察はされてこなかった.されてたらごめんなさい. 本考察では,『ゆめにっき』に見られるゆめ世界がどのような形状をしているかについて考察する.
これ以後の本稿の構成は以下のとおりである: 2 節で主結果としてゆめ世界の概形を与える. 3 節で主結果を証明するための準備を行う. 4 節では主結果を証明する.
主結果
M をゆめにっきの世界(ゆめ世界)とする.簡単のため窓付きは滑らかに動くものとする. すなわちゲーム内のように十字方向のみに離散的に動くだけでなく全方位に対し連続的に動き,その軌跡は滑らかであるとする. また,ループ構造のない通常の長方形のマップにおいて,その長方形の端は存在しないものとする.
主結果を述べるための定義と直感的な説明を並べる.数学書としては [2, 3] を参考とした.
Σ は Hausdorff( 2 点が常に開集合で分離できる)位相空間(連続性を考えることができる空間), n を自然数とする. Σ の開集合(際のない集合・図形)の族 Uaa∈A と各 Ua ごとに定義された n 次元 Euclid 空間(いわゆる n 次元空間)ℝn の写像 φa が与えられ, 下に記す 3 条件を満たすとき, 組 (Ua, φa) を局所座標またはチャートと言い, チャートの族 (Ua, φa)a∈A をアトラスと言い, アトラスは Σ に多様体の構造を定義すると言う. そしてこれが与えられた M を多様体と言う. このとき自然数 n を多様体 Σ の次元と言い, n = dimΣ と書く.
- (このことを に を張り合わせると言う)
- 各 について は 像の上への同相写像(行き帰りが共に連続)
- のとき, 写像 が から への 微分同相写像(行き帰りが共に滑らかに動ける)
上で述べた多様体の定義は極めて抽象的であるが,本考察では以下の直感的なことの雰囲気を知っていれば十分である.以下の直感的な説明は [2] を参照した.
多様体の具体例を見る.平面 ℝ2 はまっすぐな 2 次元多様体の例であり, 中学数学から馴染み深い直交座標 (x, y) と平面内の点 p が常に対応する. この場合チャートは平面自身で唯一つであり,局所座標と言いつつ大域的である.
球面も 2次元多様体の例である.球面は曲がっているので平面上の直線のようなという意味でまっすぐな座標をとることはできない. しかし球面に沿ったという意味で曲がった座標をとることはできる.地球儀の経線緯線など,メッシュ入りのボールの表面イメージしていただければ幸いである. 地球の経線緯線は北極と南極で衝突して潰れてしまうが,これでは平面のように座標軸を無限に伸ばしてとることができないだけでなく,座標軸同士が衝突して面倒である. そこで球面の一部だけにメッシュを入れてあげれば良い.メッシュのないところにはまた別のメッシュを入れれば良い. 例えば,赤道を除く北半球と南半球などが挙げられる.経度 0 度と180 度の経線が作る大円や,東西経 90 度の大円を赤道と見て同様に半球で分けても良い. 今述べた 6 つの半球面が球面のチャートのとり方の一つである.そして球面上の点 p はそれぞれのチャートの (経度, 緯度) とチャート毎に一体一で対応する.
このように, 局所座標(チャート)をどこでも好きなところに貼れるような図形(より数学的には空間)が多様体である.
ゆめ世界 D の各マップは多様体となる.それらの多様体一つ一つを作るチャートをすべて集めたアトラスはゆめ世界 M に多様体の構造を定義する.すなわちゆめ世界は多様体である.
以上が主結果である.主定理の証明は次節以降に行い,ここでは結果それ自体の直感的な説明に留める.
ゆめ世界全体は非常に複雑であり,その形状を捉えることは非常に難しい.しかし一つ一つのマップは比較的捉えやすく,実際に窓付きを歩かせることもできる. そして実際に窓付きが歩く場所に座標をとることで多様体とすることができる. そういった簡単な多様体——ここでは長方形と円柱とトーラス——の集まりがどのようなものかは日常的な用語を用いて表すのは難しいが,上述した多様体という概念を用いると説明することができる.
準備
主定理の証明の準備として必要な概念を述べる節であるが,これを含む完全版は別に上げる. 準備があまりに長く,また直感的な説明を加えてもなお無味乾燥であり,上から順に本節を読んでいた場合途中で疲れてしまうことは必至と考えたからである. 大学数学を学ばれた方にはほとんどが自明な内容となっているので,一部の本稿独自の定義を除いて読み飛ばしていただいて差し支えないものであった. 結果,本当に誰のための準備なのかが怪しくなってしまった.よって全面カットとした.
主結果と証明
主結果を示すために次を示す:
開長方形,円柱,トーラスは多様体である.
厳密な証明は各種数学書でされているためそちらに譲る.ここでは直感的に座標を張り合わせて多様体作りを体験してみる.したがって Proof だが証明ではない.
Proof.
多様体とは局所座標をどこでも好きなところに貼ることができるような空間であった.
まず長方形について考える.これはそれ自体に縦の辺と横の辺に平行な座標軸が簡単に入る.開長方形は開集合なため上述した座標 1 枚を貼り付ければよい.
円柱を考える.正確には円筒,つまり円柱の側面を考える. 長方形から引き伸ばしなく円筒を作れるので簡単に入りそうであるが,上述したような開いた長方形を丸めても境界ないことが理由で円筒のすべての点を含めることができない.切れ目が一線入ってしまう.
しかしこの切れ目を覆うように反対側からもう一枚の長方形で覆うとこれは解決する.もう一枚の座標にももちろん切れ目があるが,その切れ目は既に一枚目の座標で覆えている場所である.
このように,多様体を作るときに貼り合わせる地図は重なってもよい. ほかの座標の入れ方もありえるがここでは略記する:円筒を,円上を線分が円に垂直なまま動いた軌跡と見ると円 × 線分と考えることができるので,円と線分それぞれの多様体の構造の直積集合を考える.
この話はトーラスに座標を入れるときにも登場する.
トーラスに座標を入れる.トーラスは次の見方により円 × 円である:円を一つ固定し,その円上の点を中心とし固定してある円に垂直な円を用意する. これを固定してあった円上で一周させてできる軌跡がトーラスである.
よって円に座標を貼り付ければよい.これにはいくつか方法があるがここではトーラスを考えるうえで都合がよい回転角による座標を考える. 円上の 1 点を固定する.この点から半時計周りに角度 θ だけ動いた点の座標を θ とする. ただし座標は開集合でなくてはならない,つまり境界を含んではならないため,固定点以外を表すものとする, つまり 0 度 = 0 < θ < 2π = 360 度である. これでは固定点に座標が入らないが,ここで上で述べたように貼り合わせは重なってもよいことを思い出す. 最初の固定点以外を別にとり,そこから半時計周りに角度 φ だけ動いた点の座標を φ として別の座標をとればよい. こうしてできた二つの座標 ((0, 2π), θ), ((0, 2π), φ)が円に多様体の構造をいれる.
以上より,開長方形,円筒,トーラスは多様体である(多様体の例である)ということがわかる.一見抽象的だが単純な図形も多様体の構造を持たせることができる.
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上の結果を用いて主定理を示す.
Proof. 主定理の証明
上で開長方形,円筒,トーラスをそれぞれに多様体の構造を入れた. 多様体の構造にはいくつか入れ方があるがここでは一般化して開長方形 , 円筒 , トーラス の局所座標たちがそれぞれ , , であるとする.
ここでゆめ世界に戻る.ゆめ世界を構成するマップは長方形(扉の間などや,数字の世界のように長方形の上にさらに障壁があるものも含む), 円筒(長方形のマップの一組の対辺が同一視されている:森の世界などの形),トーラス(長方形のマップの二組の対辺がそれぞれ同一視されている:雪の世界などの形)という形をしていた. これらがそれぞれ , , 個あったとする. それぞれのマップに , , と番号を付けるとゆめ世界 は
と集合の和で書き表すことができ,さらにこれらは多様体の構造を持っているため
よって上で作った多様体の構造などを当てはめることによりゆめ世界にも多様体の構造が入ることが確かめられる.
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参考文献
- 梅原雅顕, 山田光太郎 “曲線と曲面 —微分幾何的アプローチ—” 裳華房 2013-06-25
- 松本幸夫. 多様体の基礎. 東京大学出版会, 2015.
- 村上信吾. 多様体. 共立出版株式会社, 2012.
- カイヤン “RPG 世界の形状及び距離の幾何学的考察” 第 61 回研究報告会 (rogyconf61) 東工大ロボット技術研究会 2015-06-30
- カイヤン “[RPG王国/数学の科学] 工大祭展示物紹介 [カイヤン]” http://titechssr.blog.jp/archives/1042125981.html 2015-10-09